詩の賞

詩集におくられる文学賞、受賞作品についてまとめています。

第10回鮎川信夫賞|2018年(平成30年)

受賞

中尾太一ナウシカアの花の色と、〇七年の風の束』

2018年(平成30年)5月、書肆子午線

多くの書き下ろし作品からなる全20篇を収録しています。
重層化された中尾詩学の奥底に潜む抒情の創痍。その新たな展開を示す待望の新詩集です。

書肆子午線ホームページより

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中尾太一ナウシカアの花の色と、〇七年の風の束』

「中尾詩学」とも呼ばれる著者の詩の哲学。中尾太一さんのプロフィールを紹介します。

1978年鳥取県生まれ。2006年、思潮社50周年記念現代詩新人賞受賞。2007年、第一詩集『数式に物語を代入しながら何も言わなくなったFに、掲げる詩集』を刊行。詩集に『御代の戦示の木の下で』(2009年)、『現代詩文庫 中尾太一詩集』(2013年)、『a note of faith ア・ノート・オブ・フェイス』(2014年)。

思潮社ホームページより

20代後半で現代詩人賞を受賞し、それ以降精力的に活動しているようです。

タイトルの「ナウカシア」は、ギリシャ神話の長編叙事詩オデュッセイア」に登場する島の王女のこと。ナウカシアは命からがら島に漂着したオデュッセウスを助けました。そしてオデュッセウスの面倒をみているうちに、淡い恋心を抱くようになりますが、最終的には島から送り出すことになります。そんな彼女にちなんで、現代では「ナウカシア」と名付けられたバラや小惑星があるようです。

次いで目につく「〇七年」は「ゼロナナ」と読みます。本書にはタイトルに関係していると思われる「ちからのオリジン、二〇〇七」という作品があり、同じく収録されている「二〇一七年のモスキート」とあわせて、それぞれの年代がどのように捉えられているのかもひとつの読みどころです。

 

続いては、詩論集部門です。

 

受賞

四方田犬彦『詩の約束』

2018年(平成30年)10月、作品社

屈辱と陶酔の少年時代、自己解体の青年時代、内部の地獄をさ迷う後悔と恍惚の壮年時代。《人生の乞食》から《わが煉獄》の現在へと辿る人生を共にした詩と詩人たちの真実。

作品社ホームページより

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四方田犬彦『詩の約束』

四方田犬彦さんは、比較文学、映画史、漫画論、記号学を専門としており、「映画評論家」という肩書でも紹介されています。とにかく精通している分野が広く、著書も100冊を超えています。その一部を見てみましょう。

  1. 『「かわいい」論 』(筑摩書房、2006年):日本のキャラクター商品は、なぜ世界中で愛されるのか?」をひもといた一冊。美学的観点から「かわいい」を分析しています。
  2. 『聖者のレッスン:東京大学映画講義 』(河出書房新社 、2019年):映画に登場する聖者を取り上げ、映画史を再構築した映画講義集。
  3. 『女王の肖像:切手蒐集の秘かな愉しみ 』(工作舎 、2019年):英国ヴィクトリア女王の肖像から始まったといわれる切手。9歳から切手蒐集を続けてきた著者の切手にまつわるエッセイが収められています。

キャラクター論、映画批評、切手エッセイと3冊取り上げただけでも、ジャンルの広さがうかがえます。今回の受賞は詩論集ですが、これまでもいくつか詩集を刊行しています。

 

『眼の破裂』(百頭社、1993年)

四方田犬彦氏は『ハイスクール1968』にみるように、高校時代はボードレールランボーに夢中になり、詩作に励んでいました。それが本名・四方田剛己名で『眼の破裂』として形になっています。 四方田氏のご厚意で工作舎webサイトで販売いたします。 

工作舎ホームページより

2019年10月現在、工作舎のホームページでは「完売」と記載されています。

 

『人生の乞食』(書肆山田、2007年)

動物はなぜ人間より幸福に見えるのか。
乞食の道を選ぶことは、少しでもその幸福に
近づいてゆくことだ。
生きるのに乞食の道があるように、詩にも
乞食の道があるはずだ。

書肆山田ホームページより

書肆山田のホームページには「栞=高橋睦郎小池昌代」と書かれています。

 

『わが煉獄』(港の人 、2014年)

古今東西の映画・文学・芸術に深く通じ、多彩にして旺盛な著作活動を展開している評論家・詩人四方田犬彦の最新詩集『わが煉獄』、33篇の詩。
◎わがうちなる風土、いまここにあることが煉獄であると詩人は覚悟する。苦渋の詩人はパレスチナを経てカルタゴをめぐり、コソヴォを歩く。元日本赤軍兵士に語りかけ、ある女性詩人の死を悼む。わたしたちはどこへゆこうとしているのか。詩集をめくれば悠久の時から風がわき起こってくる。詩の使徒四方田犬彦の傑作を世に問う。

港の人ホームページより

今回の受賞作『詩の約束』の説明に「《人生の乞食》から《わが煉獄》の現在へと辿る人生」とあるように、本作にはこれまでの著者が詩を読み、綴ってきたなかで出会った詩と詩人について論じられています。取り上げられているのは、谷川俊太郎西条八十西脇順三郎谷川雁寺山修司入澤康夫中上健次蒲原有明鮎川信夫ボードレール、ドゥニ・ロッシュ、(フランス)、パゾリーニ(イタリア)、エズラ・パウンドアメリカ)、チラナン・ピットプリーチャー(タイ)、夏宇(台湾)など。詩だけでなく映画や小説に携わった人たちも含まれているところが、著者らしい選択です。

 

選考委員
北川透吉増剛造